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神戸地方裁判所 平成3年(行ウ)21号 判決

兵庫県尼崎市杭瀬北新町1丁目1番12号

原告

佐伯正明

右原告訴訟代理人弁護士

豊島時夫

道下徹

兵庫県尼崎市西難波町1丁目8番1号

被告

尼崎税務署長 藤本秀幸

右被告指定代理人

石田裕一

竹田優

村尾彰

長谷川満

松井勝也

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告に対し平成元年2月15日付けでした同人の昭和60年分,同61年分及び同62年分の所得税の各重加算税の賦課決定処分のうち,同60年分につき1,302,500円,同61年分につき6,783,500円,同62年分につき18,430,000円をそれぞれ超える部分を取り消す。

第二事案の概要

本件は,原告が所得税の確定申告に際して申告しなかった株式等の取引による所得について,被告が原告に対して重加算税の賦課決定処分をしたところ,原告が,税額等の基礎になる事実を秘匿・仮装する行為をしていないから重加算税の課税要件を欠くと主張して,右処分のうち過少申告加算税の額を超える部分の取消しを求めた事案である。

一  処分の存在等について(当事者間に争いがない。)

1  原告は,会社役員で,給与所得等について毎年確定申告書を提出していた者である。

本件処分の対象になった取引が行われた昭和60年ころ,1年間に50回以上かつ200,000株以上の株式等の取引をして利益が出た場合には,その利益分をその年分の所得税の確定申告に際して所得として計上して申告しなければならなかった。すなわち,所得税法9条(昭和63年法律109号による改正前のもの)1項11号イは,有価証券の譲渡による所得のうち「継続して有価証券を売買することによる所得として政令で定めるもの」以外のものは所得税を課さないと規定し,これを受けた同法施行令26条(昭和63年政令362号による改正前のもの。)1項は,右の非課税所得にならないものを,「有価証券の売買を行う者の最近における有価証券の売買の回数,数量又は金額,その売買についての取引の種類及び資金の調達方法,その売買のための施設その他の状況に照らし,営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得」は課税の対象になると規定し,さらに,同法施行令26条2項は,①売買回数が50回以上,②売買をした株数又は口数の合計が200,000以上の要件に該当するときは,前項の他の状況に関係なく課税の対象になると規定していた(以下「課税要件」という。)。

原告は,昭和60年分ないし同62年分(以下「本件各年分」という。)の所得税について,課税要件を充足する株式等の売買益があったにもかかわらず,右売買益を雑所得に記載せずに,別紙申告及び賦課決定の内容一覧表の「確定申告」欄記載のとおり確定申告書を提出したところ,大阪国税局から査察を受けた。

そこで,原告は,本件各年分の所得税について,右株式等の取引による所得等を加算して,別紙申告及び賦課決定の内容一覧表の「確定申告」及び「修正申告」各欄記載のとおり修正申告書を提出した。

2  被告は,原告に対し,平成元年2月15日付けで,前記一覧表「賦課決定」欄記載のとおり,本件各年分の所得税の重加算税の賦課決定処分(以下「本件処分」という。)をし,同処分通知書は,そのころ原告に送達された。

3  原告は,被告に対し,平成元年4月15日付けで,本件処分について異議を申し立てた。

被告は,原告に対し,同年7月24日付けで,右各異議申立てを棄却する旨の決定をし,右決定は,そのころ原告に通知された。

4  原告は,国税不服審判所長に対し,平成元年8月23日,本件処分について審査請求をした。

国税不服審判所長は,平成3年4月15日付けで,原告の右審査請求を棄却する旨の裁決をし,同裁決書謄本は,そのころ原告に送達された。

二  争点

1  租税を免れる目的で故意に虚偽の内容の申告書を提出する行為が「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし,又は仮装し,その隠ぺいし,又は仮装したところに基づき確定申告書を提出」(国税通則法(以下「法」という。68条1項)する行為に当たるかどうか。

(一) 被告の主張

認識のある過少申告行為は,旧所得税法(昭和40年法律33号による改正前のもの)69条1項にいう「詐欺その他不正の行為」に該当するものと解されているところ,この認識ある過少申告行為が,「詐欺その他不正の行為」に該当して処罰されるほど可罰的違法性が大きいものであれば,同時に課税標準の基礎となる事実の「隠ぺい」又は「仮装」に該当するのは当然である。

原告は,本件各年分の所得税ほ脱に係る所得税法違反被告事件において,神戸地方裁判所で平成元年4月14日に有罪判決を受け,同判決が確定している。

(二) 原告の主張

租税法の規定は,憲法30条,84条に由来する租税法律主義の趣旨からして厳格に正しく解釈されるべきであるところ,法68条1項は,重加算税の賦課要件を過少申告加算税等の規定に該当する場合において,課税標準等の計算の基礎となるべき事実の隠ぺい又は仮装(以下「隠ぺい行為等」という。)を要件としており,右にいう事実とは文理上事業所得金額を計算するための基礎資料となる事実,例えば,架空又は仮名名義で取引することなどと解するのが自然であるから,単に所得金額を確定申告書に記載しなかったことをもって隠ぺい行為等ということはできない。

また,法68条1項は,「その隠ぺいし,又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した」ことを要件としており,「その隠ぺいし,又は仮装したところ」とは隠ぺい又は仮装した事実を基礎として算出された課税標準と解するのが妥当であるところ,申告書に過少所得を記載することはそれ自体完結した行為で次の段階はないから,単に所得金額を記載していない確定申告書を提出したことをもって「その隠ぺいし,又は仮装したところに基づき納税申告書を提出した」ということもできず,いずれにしても法68条1項の要件に該当しない。

被告の主張は,このように,法の明文に反するばかりか,隠ぺい行為等に関する最高裁判所その他の裁判所の判断,国税庁内部の通達,国税不服審判所の裁決事例,学説などにも反するものである。

2  内容虚偽の申告書を提出した以外に原告が隠ぺい行為等に当たる行為をしたかどうか。

(一) 被告の主張

原告は,本件係争各年分の確定申告に際し,申告すべき多額の株式等の売買益があることを十分に認識していながら,確固たる脱税の意思と目的をもって,右売買益の計算の基礎となる資料の保存をせず,計算もしないといった最も悪質かつ大胆な方法で,そのすべてを故意に除外して,確定申告書の作成に当たる顧問税理士にも右売買益の存在を隠し,右売買益から算出される雑所得をすべて除外したところの給与所得,不動産所得,配当所得のみで申告するように指示し,その指示に基づき顧問税理士が作成した確定申告書を被告に提出したものであるから,法68条1項の要件に該当する。

(二) 原告の主張

原告は,株式等の取引においてすべて本名で取引し,預金も本名取引であって,通説,判例等がいう隠ぺい行為等に該当する行為をしておらず,過少申告以外に何ら税務調査を困難にする行為をしていないから,原告が隠ぺい行為等をしたということはできない。

【判決理由】

第三争点に対する判断

一  内容虚偽の申告書を提出する以外に原告が隠ぺい行為等に該当する行為をしたかどうか。

1  証拠によれば,原告の株式等の取引,確定申告書の提出等に関して,次の各事実が認められる。

(一) 原告は,昭和30年ころから本業のかたわら株式等の売買をしていたため株式等の取引に通じており,また,その当時取引をしていた高木証券の担当者や原告の顧問税理士からも注意を受けていたので,株式等の売買による所得があった場合の課税要件を十分に知っていた。(乙第4号証,第11号証)

(二) 原告は,本件処分の対象になった取引が行われた昭和60年ないし同62年ころ,主に新日本証券梅田支店及び高木証券本店との間で株式等の取引をしていた(その割合は,新日本証券が7割,高木証券が3割くらいであった。)が,株式市場が開かれている日には,1日平均数銘柄の株式を数千株から万株単位で購入しており,その取引回数及び株式数が年々増加傾向にあった。このようなことから,原告は,右期間における株式等の取引回数が少なくとも100回を超え(具体的には,原告が把握していた昭和60年,同61年,同62年の各取引回数はそれぞれ200回,400回,600回くらいであった。ただし,この回数は,1回の注文による取引を1回の取引として計算したものである。),取引した株式数も,昭和60年,同61年,同62年で,それぞれ3,000,000株,6,000,000株,9,000,000株くらいあり,優に課税要件を充足していると認識していた。(乙第7号証,第9,第10号証)

(三) 原告は,現物取引で買った株券を信用取引の代用証券として差し入れており,その代用証券の増加額から,本件各年分の株式等の売買益を,昭和60年が20,000,000ないし30,000,000円くらい,昭和61年が100,000,000円くらい,昭和62年が100,000,000円余りと認識していた。また,原告は,取引をしていた高木証券の担当者から同社における原告の株式等の売買益を整理して記載したメモを受け取っており,昭和62年の同社における原告の売買益が,現物取引が23,000,000円,信用取引16,000,000円であったことも確認していた。(乙第7号証,第11号証)

(四) 原告は,株式の取引では損をすれば得もするのに,売買益が出たとして所得計算に加えて納税した翌年に売買損が発生しても,前年に収めた税金を返してもらうことはできないから,売買益が出た年についても,その売買益を所得計算に加えて申告,納税するつもりはなく,計算さえもしていなかった。特に,原告は,昭和62年については,売買益は出たものの年末の大暴落のために多額の評価損が出たと考えており,なおさら申告するつもりはなかった。(乙第11号証)

(五) 原告は,所得税の申告等を顧問税理士に任せていたところ,本件各年分の所得税の申告に関して顧問税理士から税務申告のための資料を持参するようにいわれた際,株式等の取引について課税要件を超えていればそれについても申告が必要であると何度も念を押されたにもかかわらず,「50回以上ですやろ。ようわかってます。」「そんなに取引はしてないし,儲かってもない。」「ああ,ちょっと,ちょっとだけや。」などと答え,資料についても,給与所得に関する年末調整やその計算の資料,不動産所得に関する収入明細や固定資産税及び経費の領収証,配当所得に関する支払通知書などを持参しただけで,株式等の取引に関する資料(新日本証券から受領した「売買のお知らせ」「月次報告書」などの書面)を全く持参しなかった。(乙第4ないし第9号証,第13号証)

(六) 原告の妻や子も,株式等の取引をしていたが,その際,原告からの助言を受けてはいたものの,原告とは別個に妻子自身の資金と責任で取引をしていた。また,原告は,所得隠しのために家族名義の預貯金をしていたようなこともなかった。

原告は,昭和40年ころから本件各年分の所得税に関して査察を受けるまで,乾物等を販売する有限会社杭瀬阪神マート(以下「会社」という。)の代表者をしており,その代表者としても株式等の取引をしていたが,会社と原告個人の取引を区別し,会社資金を個人の取引に流用したりすることはなかった。原告は,会社の申告業務等についても,原告個人のそれと同じ顧問税理士に頼んでいたが,会社については,現金商売でありながら,売上げを抜くなどの不正な行為をせず,株式等の売買益も含めた正確な申告をしていた。(甲第1ないし第5号証,乙第5号証,第7号証,第9号証)

2  ところで,所得税は,いわゆる申告納税方式による国税であり,納税義務の確定を第一次的には納税者の自主的な申告に委ねる原則をとっている(法17条以下,所得税法120条以下)。そして,納税者の自主的な申告に委ねた法の趣旨に反して,納税者が適正な申告をしない場合には,自主的な申告納税方式を維持するために,各種の加算税を課するものとしている(法65条,66条,68条)。

このうち,法68条に規定する重加算税は,法65条ないし67条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務の違反が行われた場合に,その違反行為が,課税要件事実を隠ぺいし,又は仮装するという申告納税方式の趣旨を没却するような不正な手段を用いて行われた場合に,行政機関の行政手続によって,違反者に対して,各種の加算税におけるよりも重い一定比率を乗じて得られる金額の制裁を課することとしたもので,これによってこのような方法による納税義務違反の発生を防止し,もって自主的な申告納税方式による徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置である。

したがって,法68条1項の隠ぺい行為等とは,納税者の取引状況などの所得を基礎づける事実を隠ぺい又は仮装するなど申告納税主義の趣旨を没却する行為をいうと解するのが相当である。

3  前記認定事実によれば,原告は,他人名義で株式等の取引や預貯金をしたりして所得を隠すような行為こそしていないものの,本件各年分の株式等の売買による所得を申告しなければならないことを熟知しているにもかかわらず,独自の考えから確定的な脱税の意思に基づいて,確定申告書作成のために自ら依頼した税理士に対しても課税要件を充足する株式等の売買による所得があったことを隠し,右税理士から所得に関する資料の提出を求められたのに対し,会社の所得及び原告の他の種類の所得についての資料を提出しながらも,株式等の取引に関する資料を提出せずに,その所得部分を脱漏させて,ことさら所得金額を過少にした内容が虚偽の申告書を右税理士に作成させたのである。したがって,原告の右行為は,その所得を基礎づける事実を隠し,その真相の追求を困難にするもので,所得税の徴収を納税者に委ねた趣旨を没却する行為ということができるから,法68条1項にいう「国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠ぺいし,又は仮装」する行為に当たり,この内容虚偽の確定申告書を提出することは,同条項の「隠ぺいし,又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していた」場合に該当すると解するのが相当である。

4  原告は,本名で株式等の取引や預金もしていて取引の相手方に全く不信を抱かせることすらしていないから原告に隠ぺい行為等がなかった,原告に資料の保存義務や計算義務はないから資料を保存しなかったことや計算しなかったことが隠ぺい行為等に当たることはない,顧問税理士は原告の履行補助者であって被告の履行補助者ではないからその税理士に事実を隠したり過少申告の指示をしたことも隠ぺい行為等に当たらないなどと主張する。

確かに,原告は株式等の取引や預金を本名で行っているが,前述のとおり,それを考慮してもなお原告の行為は十分隠ぺい行為等に当たり得るものというべきである。

また,税理士は,「税務に関する専門家として,独立した公正な立場において,申告納税制度の理念にそって,納税義務者の信頼にこたえ,租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」(税理士法1条)職業であり,納税者に依頼されてその職務を行う者であるが,他方で,納税者の不当な信頼に応える義務はなく,納税義務の適正な実現を図る公益的な立場にも立つ者であるから,原告より本件各年分の所得税の申告手続をすることの依頼を受けた税理士を単なる原告の履行補助者にすぎないものということはできない。右税理士は,適正な納税義務の実現を図るため原告に対して何度も注意し,資料の提出を求めたにもかかわらず,原告は,株式等の取引による所得があったことを隠し,その部分に該当する資料を提出しなかったのであるから,原告の右行為は,資料の保存義務の存否にかかわらず隠ぺい行為等に該当するものと解するのが相当である。

したがって,原告の右の主張は採用することができない。

二  以上のとおりであって,原告の前記行為は,法68条1項の隠ぺい行為等に当たるから,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。

第四結論

よって,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 北川和郎 裁判官吉野孝義は差し支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官 辻忠雄)

〈以下省略〉

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